まるで雲が流れるように、船が動きはじめた

前回の旅日記 那覇の夜、音の力、人の力

まるで雲が流れるように、船が動きはじめた。

翌朝起きて、泊港へ向かった。本島から座間味島へ向かうために。
座間味島へは「フェリーざまみ」乗って行った。那覇の泊港から、かなり大型のフェリーに乗船した。
大型フェリーにしろ、小型の船にしろ、漁船にしろ、ダイビング船にしろ、船と言われるものに乗るときは常にデッキにいる。海の風を浴び、青い太陽に照らされ、海の煌めきに眼を奪われる。そして、まだ知らぬ目的地への想いを馳せる。こんな時、落ち着きがなくなるほど、心躍る。

今回は、大きなフェリーだった。乗船後デッキで海を眺め、写真を撮り、寝転がっていた。するといつの間にか船は出港していた。大きな船に乗るのは久しぶりだ。ゆっくりと静かに船は動き始めていた。僕は寝転がって空を見ていたので、雲が動いているのだと思い込んでいた。まるで雲が流れるように、船が動きはじめたのだ。汽笛の音でそれに気がついた。周りを見回すと、すでに港からだいぶ離れていた。

港から外洋へと船が進んで行くと、海風が強くなり、日射しも強くなったような気がした。風、空、海、太陽、雲、遠くに見える島、さらに遠くの水平線。そんなモノを全身で味わいながら、体の奥底から喜びがジワジワとしみ出てきていた。そして、全身が喜びに包まれ、眠りについた。

到着する少し前に、船内にいた友だちがデッキにやってきた。風を感じ、海を見て、楽しそうだった。少し話して、みんな船内へ戻って行った。

僕は船のデッキでずっと海の風に吹かれ、青い海と青い空を見ていた。写真を撮り、音楽を聴き、風を感じ、寝た。一緒に行った友達は基本的に、みな船内にいた。
それで、思った。人それぞれ、好きなものは違うんだなと。すこしだけ、デッキに来たけど、すぐに船内に戻っていった。まあ、船のデッキで風を感じて、海を見るのも良いもんだとは思っていると思う。ただ、ずっといるのは暑いし、疲れるということなんだろう。僕の場合は暑いとか、疲れる、日焼けするという気持ちより、海や風を感じる喜びが圧倒的にまさっている。そこの価値基準というのが、人それぞれなんだな。ということに、つくづく気づかされる。

フェリーはしばらくすると、阿嘉島に着き、人をおろし、新たな人を乗せ、座間味島へ向かった。阿嘉島から座間味はすぐだった。
そして、座間味島に着くと、宿へと向かった。

行きのフェリーは日の出だ。
帰りのフェリーは夕日だ。

行きのフェリーはみな希望に満ち溢れていた。これからやってくる、楽しい島での日々に胸を高鳴らせていた。船に乗っている人はみんな元気で、ワクワクしていた。
帰りのフェリーは、少しの疲れと、満たされた後の物悲しさに包まれていた。船が本島に着けば夢から覚めるかのように。

座間味島での日々はまた、次へ。「島にしかない時間」
(こうしていつも文章が長くなってしまう。)

送信者 座間味島'08

[海を眺める](PENTAX K10D DA16-45mm ISO: 100 露出: 1/200 sec 絞り: f/7.1 焦点距離: 45mm)

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