月別アーカイブ: 2007年11月

スカイザバスハウス

石川直樹の写真展をスカイザバスハウスでやっている。
スカイザバスハウスは何かと行くことが多い。

西日暮里に住んでいたころ、上野の芸大まで歩く途中にあった。
その途中に良く立ち寄った。
あの場所、そしてあの大きさと雰囲気もなかなか好きだ。
山手線の北東あたりに住んでかれこれ4年。
本当に色々あったよな。本当に。つくづく思う。
なんか寂しい感じもするが、全ての物事は永遠には続かない。
自分の気持ちは永遠に続く、そう思っている。
ただ物事だったり、時間だったり、自分以外の人に関しては永遠とは言い切れないのだろう。
そんなことをやっと最近になって分かってきた。

話は戻って、スカイザバスハウスの写真展。
北極圏で撮影した写真。
古びたホテル、犬ぞりを操る現地の人、大きな氷河の写真など。
夕日が映った淡いオレンジ色の空と氷河の写真の前に立った。

その瞬間、世界のとらえかたが変わった。
写真に反射する、僕の背中に面した空間。
僕は、何を見ているのだろうか。
この写真を通して、写真を見ているだけではなく、写真を通してまだ見ぬ空間を見ているのだと。
そして、僕の知らないところで、世界は動いているのだと。
写真を僕が見ているのか、写真に僕が見られているのか。
認知と言うか社会の認識、空間の意識が反転した。一瞬そんな錯覚に陥った。

当たり前のことを、突きつけられた。

車屋

車屋に行ったのは2年ぶりぐらいだろうか。
週末の岐阜を終え、3年前から通ったあの時の芸大の授業と飲み。

授業には間に合わなかったが、飲み会に途中参加。
当時の芸大のメンバーもそろった。
そして、話した。そして、同じ空間を共有した。

茂木さんも、黄金時代といって2,3年前のことを懐かしく楽しい思い出のように語っていた。
人も増えたし、茂木さんファンのようなつまらない人も増えたと思う。
でも、当時の仲間は立場は変われど、全く変わっていなかった。
人間の根本が変わらない友達は、安心できる。

こころ落ち着く場所だ。

芸大の仲間と旅仲間は一種独特である。
そんな永遠のような信じられる仲間。

南方熊楠

ワタリウム美術館に行った。
ワタリウム美術館は、前々から気になる展示があったが、今回が初めてだ。

そんなワタリウム美術館では、南方熊楠の展示している。
南方熊楠を知ったのはつい最近だ。

友達と本屋で雑誌を見ているときに教えてもらった。
絶対、僕が好きなタイプだと。
確かに、まさに、その通りだった。

彼の研究についても興味深いが、彼の生き方に僕は惹かれた。

食べること、認めること

僕は、何でも食べる。残さず食べる。
何でもおいしいといって食べる。

海外に行ってもそうだ。
出されたものは、インドの民家に御呼ばれして出てきた食事も、水道もガスも電気もない音すらしない島の家に泊めてもらったときに出してもらった食事も、無人島で捕まえたアナゴみたいなのも。

何でもおいしく食べる。海外でほとんどの人がまずいといった食べ物でもおいしいといって、食べる。僕のある種のポリシーのようなものだ。

だからかもしれない。海外に行っても、本当にやさしくしてもらえるし、内藤礼さんにも悪いことをしなさそうな顔だねと言っていただいたり。

食べることは、相手を認めること。
食べるという行為によって人は生かされている。
無人島に行ったときも、東京から岐阜を目指して9日間歩き続けたときも、旅をしている時でも、食べることによって生き延びている。食べることによって僕が成り立っている。食べ物によって生きている。そう、食べるということは生きること。出された食べ物を食べないということは、相手の生きることを拒むこと。そうなんだと、星野さんの文章を読んで気づかされた。

『音楽の趣味が違ってもこだわらないんですけど、自分たちが食べているものを拒否されるのはすごく辛い。だから食生活というのは他の人たち、他の
民族と向き合うすごく大切な一歩だという気がします。』
魔法のことば―星野道夫講演集

山野井さん

先日、このブログの上にある砂漠の写真の靴の持ち主の友達と飲んだ。
ブログのタイトル写真の靴は俺の靴じゃなかったのです。

彼は、中国の砂漠であってから、世界を一周して、今年の夏も南米に行き山を登ってきた。
1年半ぐらい前にあったときは、山って感じはなかったが、
旅の途中で山と出会ったのだ。

今は頻繁にクライミングジムへ行き、山岳会にも入っている。
そんな友達と池袋で飲んだ。何気に1年ぶりぐらいだ。
もっといえば、会うのも3回目だ。
でも、なんか分かり合える。

そんな友達は、非常に少ないが一人じゃない。
あった瞬間ぐらい、瞬間とは言わなくても少し話せば分かる。
価値の基礎が共通しているといったら安っぽいが、
生きている実感を素直に求めていると

山野井さんの講演があると話を聞いた。
15日に池袋である、「グリーンランドクライミング報告会」。
山野井さんの本を読んだり、情熱大陸で見たり、そんな中、山野井さんには非常に気になる人だった。

山野井さんの話を直接聞ける。
この機会は見逃せなかった。

山野井さんの話は、スライドを映しながら淡々と進んでいった。
一つ一つの場所に思い出が詰まっているんだな。
ギャチュンカン以降の、ポタラ峰北壁とアメリカのクライミングの話を前半に、
後半は今回のグリーンランドの話。

山野井さんにとっては山が全てなんだろうと思った。
とりつかれたような。

話は笑いもあり、ただ時折気持ちが強くこもった言葉があったように感じる。
印象に残っているのは、
「これを登らないと始まらない。」
「クライマーとしての証明」
「クライマーとしては3流のクライミングだったが、今の自分の実力の精一杯だった。」

こんな言葉たち。自分のコレダッと言うものが10代で見つかり、その山をただただ登り続けた。
そんな、生き方に惹かれる。
その後、友達(山野井さんの講演を教えてくれた人とは違う)とご飯を食べ、マックで話した。
山野井さんのような人は永遠の片思いをしているのだ。
永遠の片思いは生きていくのが生活していくにはそう簡単ではない。
何かを達成するというような具体的な目標ではなく、自分の中の理想、美学。
これには終わりがない。絶対行き着かないそこにあり続ける。
だからこそ、追いかけ続けられる。だからこそ、本当にしんどい。
僕は、そのすごさを知っていない。そう思う。そんな人生しか送ってない。
こういった人に僕はあこがれ続けている。
美しいと思うからだ。そういった美しさは僕の中で重要だ。
だから、芸大に通っていたんだろうし、情熱大陸がすきなんだろう。
だが、現実の僕とは離れている。そう。
山野井さんにとっての山のような、片思いの何かがいつ見つかるか。
いつも探し続けても見つかるか分からない。
探して見つかるものでもないかもしれない。突然出会ってしまうかもしれない。

ぼんやりとした、今だ手を伸ばしてもつかみ取れない、
言葉にもできないぐらいの、そんなものがあるかなというぐらい。

そんな片思いの何かと共に生きるのか、
バランスをとりながら生きていくのか、
自分にとってどちらがいいのか、
自分にとってどちらがあっているのか、
そんなことを考える時期なんだと思う。

人生とは紛れもなく僕の人生なのだから。

 

 

ハイビジョン特集  大岩盤に再起をかける  ~登山家・山野井夫妻の挑戦~

11月18日(日) 午後7:00~8:50       
2000年K2の難ルートを無酸素単独で初登攀に成功、世界最強と称された山野井泰史(42)、そして日本人女性クライマーの第一人者・妻の妙子(51)。2002年ふたりはヒマラヤの高峰ギャチュンカンに挑戦、下山途中雪崩に襲われた2人は、手足の指をほとんど失い、致命的なダメージを負った。
それから5年、ふたりは失意の中で、残った身体機能を最大限に活かそうとリハビリを繰り返す雌伏の日々を送ってきた。そして、今年8月、山野井夫妻は極北の大岩壁に挑み再起を期する。目指すは、北極圏に位置し夏でも氷に覆われるグリーンランド、標高差およそ1300mの巨大岩壁を擁する未踏峰の山である。先頭は泰史、そこから降ろされるロープを確保し、泰史の墜落を防ぐのが妻の妙子である。
落石・スノーシャワー・雪崩そして刻々と変化する天候の中、指を失った山野井は、岩場の多い今回のルートで果たして細かいクラックやフェイスを登り切れるのだろうか。絶えず下から夫の姿を見る妙子は大岩壁に身を置いて何を思うのか。
番組では、「より高く、より困難に」挑み続けてきた山野井泰史・妙子のクライマー夫妻の山にかけてきた半生と、そして今、「再びふたりで登る」ことで、自分たちの限界に挑み続ける夫妻の復活の姿を、グリーンランドでの登攀を通して見つめていく。